浄土宗 十方山 大徳寺(じゅっぽうざんだいとくじ)
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十方山大徳寺の概要

十方山大徳寺は江戸時代初頭の元和元年(1615年)に開創されました。
宗派は、法然上人を宗祖とする浄土宗(開宗 承永5年)であり、本山は、浄土宗の七大本山の一つとなる大本山増上寺になります。
当寺の教えは、阿弥陀仏の平等のお慈悲を信じ、「南無阿弥陀仏」とみ名を称えて、人格を高め、社会の為につくし、明るい安らかな毎日をおくり、お浄土(極楽浄土)に生まれることを願う信仰です。
阿弥陀如来を本尊に持ち、お釈迦さまがお説きになったお経、「無量寿経」、「観無量寿経」、「阿弥陀経」の三部経をよりどころとしています。
当寺の有る千葉県市川市下新宿は、江戸川をはさんで東京都のすぐ隣に位置し、首都圏のベッドタウンとして発展。東京メトロ東西線「妙典」駅から徒歩数分の交通至便の地にあります。
春の「施餓鬼会」(5月第3土曜日)や、秋の「十日十夜(じゅうや)法要」(11月18日)等の行事や、毎月24日には水子供養を執り行っています。また2006年には、新しいご供養のかたちである、永代供養塔『光明』が完成し、通常の区画墓地とあわせて広くご相談、お問い合わせを承っています。
※永代供養塔『光明』の隣には愛玩動物のお墓もあります。

歴史と歩み

照蓮社光譽上人快山直至大和尚によって開山、元和元年に開創された十方山大徳寺は、往時は時の鐘の寺として、増上寺第三十六世祐天上人下総行脚の際、当寺に立ち寄られ、命により亨保元年河原村の道喜により寄進され、江東、葛飾一帯にわたる庶民の刻限を知る唯一の信仰の的となっていました。
また過去には祐天上人親筆の御名号、寺号、山号、鐘の免許等がありましたが、明和(1764)年に焼失。さらに明治18年(1885)江戸川航路の蒸気船による沿岸一帯の大火災の類焼にあい、ほぼ全ての寺宝を焼失しました。
庶民に親しまれた時の鐘も、昭和18年(1943)大東亜戦争の強制供出により、鐘楼堂、釣鐘ともに失われ、今は見ることができません。

本堂写真
歴史が刻まれた、大徳寺本堂外観
御法要室写真
大人数対応の御法要室[本堂内]
永代供養塔『光明』写真
2006年完成の永代供養塔『光明』
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浄土宗十方山大徳寺 住所 〒272-0102 千葉県市川市下新宿5-13 電話TEL.047-357-3016
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